リアス海岸的心象

浮世のあれやこれやに随想を添えて

まっぴ(変更済)

 夜中に起こした行動ってのは次の日の朝になると恐ろしい程に後悔することがほとんどで、だったらこんなこともやめろと突っ込みたくなるが、それができるならとっくにやっている。

 数日前、破滅衝動に駆られて外を出歩けば馬鹿みたいに酔ってしまい、気がついたら朝日の差す自室にいた。無事に家まで辿り着けていた安心と、記憶がない間に変なことしてないかという不安が同時に押し寄せてきて、「もう二度と!」と悔悛する恒例のアレを味わった。そういう経験は酒以上に不味いので味わいもクソも無いのだが、良薬口に苦しと言い聞かせ今後の自分に淡い期待を抱くしかない。確かその会の序盤(ここは記憶がある)、0か100でしか物事を考えられない悩みを誰かに話した気がする。0、100は良くない。というか無茶だ。「もう二度と!」は0だから絶対いつか破るし今までも破ってきた。だから、お酒は飲むとしてほどほどにしようと思う。それに気づけたことが今回の成果だ。情けない行いをした意味は少なくともあった。

 あと一つだけ覚えていることがあって、「悩み考えながら生きていくのが人間という生き物なんじゃないですか?」という感じの言葉だったと記憶している。これは解釈の問題だけど、俺はそれを聞いて、「bestじゃなくてbetterでいいよ」って許されると同時に「でも状況をより良くするための努力は惜しむなよ」とエールを送られてる気がして、胸に留まった。少し楽になりました。

 話は変わるが、2日前くらいから歯が痛くて歯医者に行った。虫歯だと思っていた痛みは歯ぎしりが原因で、更にその歯ぎしりの原因としてストレスを疑われた。「君何かストレス感じてるでしょ?」と精神科医のような発言をする歯科医の先生だったが、その場ではあまり心当たりがなく、逆に「俺ストレスあるのか?」と疑心暗鬼になってしまい、心の不安が増大した気がする。まあそれは一旦置いといて、とにかくまずは歯ぎしりから来る歯の痛みを無くそうということでマウスピースを作った。歯ぎしりの人はマウスピースが痛みを取り除くけれど、矯正でマウスピースを使ってる人は着用すると痛いということを丁度さっき知った。なんだか世の中難しい。

 ちなみにラグビーではマウスピースの着用が義務付けられていて、高校の時は500円のゴワゴワしたやつを試合で使ってた。機能性は最悪で、入れ歯が取れた老人のような喋り方になってしまう。歯医者で作ったら5000円。先日京都で飲んだキャプテンが使っていたそれを羨望の眼差しで見つめていたことを覚えている。それが今!遂に俺の手に!もうマウスピース使うためにもっかいラグビー始めようかな。あの日花園で見たガチムチラガーマンに俺もなれるかな。

関西その②

 京都線で大阪へ。無性に寿司が食べたくなったからクソ暑い中すしざんまいまで行ったんやけど、普通に閉まってた。ただ汗だくになっただけ。無。左向いたらあった何とかっていうつけ麺屋に入ったんだけど、あまり口に合わなかった。しかも並→大だと思ってたら並→中→大だったらしく想像よりワンランク上の量の麺がきた。残したら申し訳ないから完食したけど。幸先悪すぎてな。あとめっちゃ辛くて舌に残った。

 ピリピリと吐き気に苛まれながら難波へGO。味園ユニバースに着きました。ライブハウスってよりは昭和のキャバレーとかディスコに近いのかもしれん。ド派手でした。クリスマスツリーでしか見たことないあの丸がめっちゃ垂れてる。あと繁華街のネオンサインがステージのバック一面にあるくらいイカれてます。触ったら何万ボルトかの電気が流れてマジで死ぬらしい。この箱激しすぎる。ほんとインター沿いのラブホくらい派手。

f:id:asakichi_kagura:20220807020627j:imagef:id:asakichi_kagura:20220807021045j:image

 まずは金属バットのご両人。究極のチャーハンってネタでした。昔youtubeで見たことあったけどいい感じに忘れてたのでめちゃ楽しめた。

 次はwiennersです。玉屋さんのクサいMC大好きです。印象に残ったのは、「表現の仕方は三者三様だけど、喜怒哀楽を表したいって気持ちは皆同じだと思う。はみ出し者に理解がある皆が好きだし俺達は友達だせ。」みたいなやつです。クサい。でもそういうの嫌いになれないし羨ましい。でんぱ組.incにめっちゃ曲提供してるだけあって、そういう音楽性だなって思いました。褒めてます。どの曲も盛り上がりポイントが絶対あるから、アイドルのライブとこの人の曲って絶対映えるし相性良いだろうなーって思いました。蒼天ディライトやってくれて助かったー。

 そしていよいよ、レッド戦のSEが流れるかと思いきや、再び金属バットが出てきました。尺短いと思ったらそういう事か。軽くwiennersの受けをやって、ネタの流れはド忘れ→落語→ジェスチャー。テレビ版と構成が違う部分があって嬉しかったです。「EXILEなんかあんなの〇〇の〇〇〇〇〇〇やろ」とか電波に乗せられない尖ったことめっちゃ言ってました。痺れたな。友保さんの「エンドレスエイトか思ったわ」がかなり受けててめっちゃ嬉しかった。PKのファンはハルヒ大好きだよな。完全に客層で受けた感じだったから本人たちが1番ビビってたのもまた面白かった。うしろシティが解散した今、好きな芸人を聞かれたらなんて答えるか迷っていたけど、次からは金属バットって言います。彼らこっち側の人間だって確信が持てました。

 そして間髪入れずにポケモンのやつが流れてPKが出てきました。このSE流れてる時間が今までのライブで1番怖かったかもってヤマパンが言ってた。珍しい。wiennersと金属バットに格上意識があってプレッシャー感じてたのは間違いない。なんかもう喋るだけ野暮な気がする。

 「行きのタクシーは赤が多くて、帰りのタクシーは青が多い。そんな気がします。これ、何かに例えられませんかね。」

 昼飯の反省から吉野家テイクアウトして帰った俺に似てるね。結局そーゆーのが1番良かったりする。大阪まで来て吉野家。俺は1人だとそういう人間です。今夜はツインがやけに虚しい。1番安いのに何故2日連続でシングルじゃないんだ。アホが。

関西その①

 6年振り?くらいに関西に来ました。行けもしない旅行の計画を立てて笑ってたら、PKの自主企画のチケットを運良く買えたので、良い機会だと思って重い腰を上げたのでした。

f:id:asakichi_kagura:20220806024329j:image

 どーせせっまいビジホやろ!と思って1番安いホテルを予約したら、俺に似つかないオサレな部屋が待ってました。うれぴ。セミダブル?がやけに虚しい。

 f:id:asakichi_kagura:20220806024208j:image

 アジアン関空ジェネレーションからバスで2時間弱、京都は四条駅の飲み屋で高校の友達と再開。初めてサシで飲んだのでした。高校時代は未成年だったから、その頃の友達と酒を飲む機会ってのは中々無くて。進学校だったから地元を離れる人も多かったし尚更。でもこうやって酒を交わしながらだと話も弾むし、近況を聞くと同じ教室にいた筈の皆が色々な方向に進んでいるのが実感できて、刺激になるし面白い。彼は博士課程まで行って数学の研究職に就きたいらしい。就けると思います。頑張ってください。俺も頑張ります。

 明日はPKとwiennersと金属バットの対バン?です。バンドとお笑い芸人って、対バンで合ってんの?おもろそう。結局wiennersは蒼天ディライトしか知っとる曲がない。わろち。ちなみに前回大阪に来た時は花園を観戦したと記憶していて、年末のクソ寒い中がちむちラガーマンをずっと見てたので、今回はもう少しスタイリッシュな方向性でいきたいと思うー。

暁馴鹿(ぎょうじゅんろく)

  君は、明け方のトナカイがどんな気持ちでいるのか考えたことはあるかい?僕はね、サンタクロースが連れた、いや、そりで連れられているのはサンタクロースの方なのだけれども、とにかくあのトナカイに思いを馳せる瞬間っていうのが、たまにあるんだ。

 トナカイの彼は、喜びと切なさの狭間でもがきながら、やり場のない感情を4本の脚に伝えているんだ。澄んだ夜空の星を蹴って、月を蹴って、銀河を蹴って、暁には何処かへ消え去ってしまう。誰にも知られることはないままね。

 彼が抱える喜びには2つあるんだ。ひとつは自分のための喜びさ。やっと今年の仕事が終わりそうだと安心しているんだね。俗っぽい言い方になるけど、ちょうど華金みたいなもんさ。誰だって嬉しいよね。そしてもうひとつは他人のための喜びなんだ。プレゼントが届いた子供たちの笑顔を想像してごらんよ。トナカイがそり引きの仕事を選んだ理由はこれかもしれないね。

 同時に、トナカイは切なさも抱えている。目一杯、夜空を駆け巡るのはとても気持ちがいい。たとえ仕事であってもね。でもそれは今日が最後なんだ。次は1年後、だからちょっと名残り惜しい。そして何より、子供たちが実際に喜んでいる姿っていうのを見ることはできないんだ。子供たちの笑顔を想像したら嬉しいんだけど、それは想像することしかできないということでもあるんだね。なんだかやるせないよ。

 だからトナカイは喜びと切なさがぐちゃぐちゃに入り交じった気持ちで、明け方の空を駆けているんじゃないかな。何のために走っているのか、考えれば考えるほど分からなくなる。だから、ただ、がむしゃらに、がむしゃらに、嬉しいことも、悲しいことも、いろいろな感情を携えて、今年の冬も、夜空周遊に励むんだ。

 

 

 

 

 

「サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいい話だ」ってどこかで聞いたフレーズだけど、たまにはサンタを信じ込んで、明け方のトナカイがどんな気持ちでいるのかを考えてみてもいいんじゃないかな。

 

 

七月

 2022年も七月になりそう。去年の七月一日を鮮明に覚えている。

 その日は某局のラジオを見学するということで10時に現地集合だった。到着したらめちゃ愛想良い受付のお姉さんと偉い人が出迎えてくれた。挨拶も束の間、すぐ番組会議に通され、10時45分からのOAに出てもらう!と言われた。見学じゃないんかい。じゃないとしてもスピード感エグいて。と、思いながらも内心はウキウキなのでした。

 ラジオには、リクエストソングをかけるというどこから始まったでもない割に万国共通の慣習がある。例によって1曲かけさせてもらえることに。局にはTSUTAYAのレンタルコーナーのような音源保管庫?なる場所があり、そこにある音源は権利的にもかけてOKらしい。日付にちなんでヤユヨの七月という曲をかけようとしたが、リリース間もないインディーズのEPなどある訳もなく断念した。代わりにアジカンの君の街までをかけたら、偉い人もアジカンをはじめ音楽好きだということが発覚し、番組間の通販の時間中、ずっとスカパラとかナンバガとかの話ができて楽しかった。

 その日はアナウンサー志望だという先輩と一緒に出演した。その先輩は本当に読むのが上手でOA中もお褒めのメールがバンバン来ててビビった。振る舞いや言葉遣いも上品で、こういう人が芸能人になるんだろうなーと格の違いを見せつけられた。彼女がリクエストしたのは10-FEET、夢の泥船という曲だった。他にもホルモンとかめっちゃ聴くらしい。そういうギャップ好きですね。それは俺が10-FEETやホルモンを知っているから好きという訳ではない。むしろそれらのバンドは俺の好みにはあまり合わない。勿論その先輩にギャップ萌えしたという下世話な理由でもない。ギャップというのは、外面だけで物事を判断し対象のイメージを勝手に作り出してしまった者に対する裏切りだ。だから好きなんだ。そういうギャップに遭遇した時、funnyじゃなくてinterestingの方で面白いと感じる。

 そんな七月一日だった。ラジオ出演は楽しかったし、局の方々も気さくに声をかけてくれて良い思い出になった。

 今年その局の試験を受けたが、採用担当者と相性がイマイチで辞退した。そういうギャップは好きじゃない。「外面だけで物事を判断し対象のイメージを勝手に作り出してしまった者に対する」罰だと甘んじて受け入れる。

 

https://youtu.be/MK0aqWhvCio

 

 

 今は亡き百貨店“くまもと阪神”で、曽山一寿短編集“そやまつり”を買って貰ったぼく。

 当時、月刊コロコロコミックは俺たちのバイブルだった。その看板ギャグ漫画、でんじゃらすじーさんの作者が曽山一寿であり、そやまつりを手に入れることは彼への造詣を深めることに繋がると同時に、でんじーしか知らない同級生にマウントを取る上で重要なウェイトを占めていた。

 でんじゃらすじーさんは元々“店”という漫画の店員役として登場したキャラクターだったらしいが、作風があまりにシュールすぎて児童層にウケないという理由から短編集には収録されていない。代わりに“ぼくのおじいちゃん”というタイトルで、孫、校長と言ったお馴染みのキャラクターが登場するデモ盤のような作品が掲載された。

 しかし、表紙のカバーを外すと“店”と思われる漫画が数コマ描かれている。確かじーさんが「店だ。すとあー!」と言っていた。癖になる。その中でとりわけ印象に残っているセリフは「人は皆、さみしんぼ。」である。最近このセリフをふと思い出し、ずっと考えさせられている。皆が寂しいのであれば各々が出会えば解決しそうな、そんな至極単純な問題に思える。が、現実はそうではないということだ。物事は往々にして理屈通りに進まない。何故だ。これがうんこちんこで爆笑必至の小学生に理解される余地は絶対にないので編集者の判断は正しかったといえる。理解されてたまるか。しかし本誌に掲載されなかったとはいえ、“店”が数コマではあるが世に出たことで、曽山一寿が持つ二面性が垣間見えてしまったという事実は恐ろしい。キュビスムの先駆者ピカソが実は滅茶苦茶写実的な絵も描けることを知った時と似たような気持ちになった。

  最後に、個人的さみしんぼランキングを発表してお別れしたい。

1位 飲み会から帰宅し真っ暗で冷たい玄関に身を投げ「ああ寂しい」と思った刹那、ドアが閉まる音が追い討ちの如く重く乗しかかり、宇宙に何故か僕1人だけであることをより一層強く実感した時。

2位 「ばいばーい」と言って180°反転した瞬間。

3位 1人ふとSNSを見た時。

反転したカサンドラ

 人間は時折、物に意味付けをすることによって自らの精神を強く保ったり、安心感を得たりする。物なんて所詮は物でしかない。例えば家族写真なんかは意味付けが全く無い場合、ただの紙とインクに過ぎない。お守りの類いにも似たようなことがいえるかもしれない。そう考えると、人間が編み出した“意味付け”という行為は、精神と物質という異なる世界の橋渡しを担う重要なアクションだと感じる。

 会ったことも無い私のひいおじいさんが数十年前に使っていたというネクタイピンを、母親がくれた。敢えて死語で表現すると、ハイカラな人だったらしい。イヴ・サンローランのピンだった。同ブランドのアパレル展開されている現行品はサンローランと称する(イヴ・サンローランはコスメや香水にのみ用いる)らしいが、今回それは正直どうでもいい。誰かの形見を使うのは初めてだった。そういうのはドラクエによくありそうだ。それだけでワクワクしたし、十分な意味付けになった。

 イヴ・サンローラン。何となくいいブランドだとは認識しているが、逆に言うとそれくらいの知識しか無かった。早速Googleで検索する。分からないことを自分なりに調べる癖は、私に備わった珍しくいい部分だと思う。YSLのロゴは「カサンドラ」と呼ばれるらしい。フランス人デザイナー、A.M.カサンドラが考案したのが由来だそうだ。

 ネクタイピンを実際につけてみた。ゴールドの光沢とブラックの落ち着きが互いを強調しているようで、引き締まって格好のつくピンだった。しかし、1つ気になる点があった。カサンドラが上下反転している。とは言っても、ロゴがとても小さいため遠目からでは分からないレベルで、正直使用に際して支障はなかった。恐らくレディースだとかそんな理由だろう。

 支障はないと言っても、どこか気持ちの面でモヤモヤする。反転したカサンドラに意味付けをしたくなった。後付けでもいいから何か理由があれば、納得を伴った晴れやかな心持ちで就職活動に取り組めると考えた。

 ギリシャ神話に登場する女王の名も「カサンドラ」だという。彼女はアポロンの恋人となることで予言の力を得た。しかし皮肉にもその能力でアポロンからの愛が尽きる未来を知ってしまう。カサンドラは優しさからか、保身のためかアポロンから離れる。アポロンは激高し、カサンドラに「予言を誰からも信じてもらえなくなる」という呪いをかける。

 遣る瀬無い。私は反転したカサンドラに、この悲劇にNOを突きつけるという意味付けをした。こじつけかもしれないが、誰にも迷惑はかかっていないし、自分が良ければそれでいい。近しい人と円満な関係を維持し、未来を見通すことで人生を切り開いていけたらどんなに素晴らしいだろうか。ひいおじいさんとカサンドラが、時々でいいから私に力を貸してくれることを切に願う。